やすつんの闘病日記<10/13-22>


2000年10月13日
元気  入院手続きをして教えられた病棟に母親と一緒に向かった。 エレベータを下りると、ガラスで仕切られたナースステーションが見えた。 なぜ、ガラスで仕切られているかというと、この病棟は無菌病棟で、 外界と隔離されているからである。
 中からドアを開けてもらい、母親を残して無菌病棟に入室した。 入室したら、外来の医師が待っていたので、軽く挨拶し、 早速、看護婦に病棟の中を案内してもらった。
 お昼前に、担当医を紹介された。 ふくよかで声が甲高い女医で、元気に笑う方で、話しやすい感じでした。
 早速、午後に心電図とレントゲンの検査があり、 マスクをつけ、割烹着みないなものを着て、病棟の外にある検査室まで行きました。 ああ、病人って感じ。

2000年10月16日
14元気 15元気 16元気
 いきなり、週末に外出許可が出た。 アパートの荷物を整理し、実家に少しでも運ぶことにした。
 日曜の夜に病院に戻り、パソコンとかいろいろ持ち込んだので、 ベット周りを整理した。
 月曜の朝から24時間、尿を溜める蓄尿という検査を行うこととなった。 おしっこする度に、ビーカーにいれ測定器機に掛けることをする。
 午後、心臓の動作に異常がないか、超音波にてみるため、 また、病棟の外に出た。

2000年10月17日
元気  骨髄液を抜いた。 右腰から抜いたのだが、やはり痛いの何の。 でも、前回に比べると骨髄液を抜き取るときの痛みはそれほどではなかった。 (慣れた?)
 母が8ミリビデオカメラを持ってきた。 先日、病院のテレビにビデオ端子を発見! 折角だから、溜まっているビデオを片っ端から見てみようと思う。 今日は「猿の惑星」を見た。
 点滴用管を胸に装着失敗? 点滴の管を、手ではなく胸に差し込もうとしたのだけど、なかなか血管に刺さらない。 下手すると肺に穴を空けてしまうおそれがあると担当医が言ったので、ちょっと緊張。 結局、4回ぐらいにチャレンジしたが失敗。今日は諦めるとのこと。
 薬剤師による薬の説明を受け、治療の副作用を抑えるための薬 (ザイロリック、ザンタック、ムコスタ、ポリミキシンB、ビオラクチス) を飲むとのこと。
 食塩水の点滴。 胸に点滴の管を刺せなかったので、左腕から点滴をすることとなった。 治療は明日からだけど、血液の老廃物を出すために、食塩水を点滴するのだと。 なんか、行動するのに動きにくい。
 前に働いていた会社の同僚が見舞いに来た。 なんか落ち着く、やはり社会人になって最初に接した人だからかなあ。 話は、どうでも良いことを話した。

2000年10月18日
元気  とうとう、化学治療が開始された。 昨日から受けている食塩水の他にまず、酔い止めが入れられ。 10時30分からラステット、12時にサンラビンが次々と入れられた。 とりあえず、ほとんど寝ていたので気持ち悪くならなかったのが良かった。
 今日も母が見舞いに来た。 まあ、近くで働いているから毎日来てもおかしくはないのだけど、 特に話すことがない。 郵便物を持ってきてくれた。

2000年10月19日
元気  2日目の化学治療が開始された。 特記事項なし。ああ、こういう毎日になってしまうのかなあ。  午後になったら、 この前、胸から点滴用チューブを入れるのに失敗したため、 今日は首に入れることに。 麻酔を打たれるのは毎回痛い。 今回は、すんなりいった。よかった。

2000年10月20日
元気  骨髄の適合検査をした後に、見舞いに弟が来てくれた。 血液をちょこっと採られただけだと。 なんか、風邪をこじらせているらしく、 夜のバイトまで家で休んでると言っていた。
 3日目の化学治療が開始された。 特記事項なし。ああ、こういう毎日になってしまった。
 輸血の同意書にサインした。
 今日は、母も見舞いに来た。 特に別段話すことがない。 この日記も特に書くことがなくなってくる。

2000年10月21日
元気  4日目の化学治療が開始。
 やたら、立ち上がると首から血が逆流する。 頭を洗ってもらったときなんか、やたらと逆流していてすごく心配。

2000年10月22日
辛い  5日目の化学治療が開始。 だるいが順調だと思う。 今日で、ラステットは終わり。